写真が語る福生
ここで紹介する古い写真は、市史編さん事業に際して、市民の方々からご提供いただいた写真資料を複写したものです。これらの古写真は、明治・大正・昭和という福生近代の移り変わりを現在に伝えてくれる貴重な資料です。江戸時代、福生は静かな農村地帯でした。明治時代に入ると養蚕業などの振興、青梅鉄道の開通などによる交通網の整備がすすみます。西多摩の玄関口として発展していく町の移り変わりを、写真を通じて私たちは知ることが出来ます。福生市郷土資料室では歴史資料である古写真の収集を続けています。
ここでは福生の町並みや多摩川の風景など、現在も場所が特定できる写真を紹介します。
|
|
![]() |
現在の睦橋近くにあった架橋です。冬は橋が架けられましたが、水量の多い夏は船で多摩川を越えていました。「熊川の渡し」と呼ばれていました。 |
明治34年:熊川(現睦橋付近)
![]() |
玉川上水に架かる日光橋です。アーチ状の橋の形状は、現在も橋の下部に残されており見ることが出来ます。この橋を日光街道が通過していました。 |
明治36年:熊川
|
|
![]() |
玉川上水に架かる日光橋です。アーチ状の橋の形状は、現在も橋の下部に残されており見ることが出来ます。この橋を日光街道が通過していました。 |
昭和初期:福生 永田
![]() |
現在の新奥多摩街道清水坂上交差点付近から、熊川駅方面を撮影した写真です。当時はまだ奥多摩街道と呼ばれており、両側に側溝は整備されていすが、道路は砂利道でした。 |
昭和9年頃:熊川(清水坂上付近)
|
|
![]() |
青梅鉄道が開通したのは明治27(1894)年のことです。福生駅もこの年に開設されました。福生駅東口が完成したのは昭和26年(1951)のことです。 |
昭和26年:福生駅
![]() |
福生駅東口から横田基地方面に向う商店街の写真です。 |
昭和38年:福生駅前
|
|
![]() |
福生駅西口から永田橋方面を撮影した写真です。この後、道路の改修工事が行なわれました。 |
昭和38年:福生駅前通り
![]() |
青梅線牛浜駅です。「牛濱驛」と旧字体の表記があるのと同時に、USHIHAMA STATIONと英語表記も見られます。ここは横田基地第5ゲートの最寄り駅です。 |
昭和35年:福生 牛浜
|
|
![]() |
福生の七夕まつりは、昭和26年に始まりました。この写真は第二回七夕まつりのもので、現在の栄通りと駅前通りの交差点近くです。 |
昭和27年:福生駅前通り
![]() |
昭和30年代、北田園と南田園地区は文字通り田園地帯でした。現在は宅地化などの開発が進み、田んぼは二箇所しかありません。五日市線の土手の下には、当時の用水路跡が残されています。 |
昭和30年代:福生 北田園















































































